一歩先ゆく紙の加工とパッケージ
古林紙工株式会社(本社:大阪府大阪市)
お話をうかがった方々:古林 雅敬さん(写真中央、古林紙工株式会社 取締役 副社長執行役員 営業本部長 兼 開発本部長)、岸本 靖史さん(写真右、同社 営業本部 第1営業部 部長)、辻 秀弥さん(写真左、同社 営業本部 第1営業部 係長)
当社の創業者、古林雅夫(※古林雅敬さんの祖父)は16歳から親戚の製紙会社で丁稚奉公をして商いを学びました。1934年に独立し、戦争中に製紙業が統制の対象になると、手に入れた紙をそのまま売るだけでも良い商売になったそうです。しかし古林は、紙に付加価値をつけることに興味があったので、いち早く紙の印刷と加工業に進出し、当社の基盤を築いていきました。
高度成長期には、日本で初めてパッケージ専用のグラビア印刷機械を入手し、欧米の技術を先駆けて導入しました。当時としてはかなりチャレンジングで、投資額は資本金をオーバーしたと聞いています。
その頃、洗濯用粉洗剤の容器もだいぶ変わりました。1950年頃は小さな封筒状の紙袋に入れていたのですが、洗濯機の普及により大きな紙箱を量産する必要が出てきたのです。そこで当社は、紙箱の最適設計はもちろんのこと、取っ手を自動でつける機械や、短時間で大量に包装できる機械を洗剤メーカーと一緒に開発しました。
このように、印刷加工や包装ラインの自動化でも時代の一歩先を走ってきた自負があります。また、食品用ラップの箱の樹脂刃や金属刃のように、必要なパーツ類もほぼ自社で開発してきました。何十年もの間、ロングセラー製品のパッケージを手がけることができているのは、元来のチャレンジ精神の賜物なのかもしれません。
社員としては、担当するのは洗剤やお菓子など近所で目にするパッケージが多いので、「これ、うちの仕事だよ」って言えるのが嬉しいんですよ。でもだからこそ、完成した製品を見て「もっとこうすればよかった…」という後悔だけはしたくない。パッケージの仕上がりは製品の売り上げに直結しますし、我々営業はもちろん、企画・設計・製版・製造まで、みんなそういう気持ちで、微妙な色合いやミリ単位の調整を積極的にやっています。また、中途半端な物づくりをしないためにも、できないことは正直にできないとお客様に伝える、そんなところもうちの社風ですね。近年は、少量多品種の製品ラインナップへの対応にも力を入れていますので、パッケージのことならなんでもご相談ください。
欲を言えば、パッケージを捨てる前に少し眺めてもらえたらなと。たとえば菓子箱には、ほかの印刷物ではあり得ないほど美しい高度な印刷が施されています。箱を展開すると、ナスカの地上絵(鳥)か! と思うような凝った設計に出会えることもあるので、ぜひ見て欲しいです。