当社は大正6年、荒川と隅田川が並んで流れる東京の一角で、か性ソーダの製造で創業しました。原料の食塩水を電気分解する過程で副生した水素も利用し、菜種などの油を固めて硬化油を作り、国内で初めて業務用マーガリンを量産しました。“リス印マーガリン”は、私と近い年代でも学校給食で食べた思い出があるくらいロングセラーです。一方、かつて硬化油の工業用途といえば石鹸でしたから、当工業会でも古参の会社というわけです。食品と化学はそんなに遠いものではなく、当社では、基本の素材を高付加価値化してさまざまな事業へと展開していきました。
私は入社して40年、食品の営業をやりました。社長としては事業部隊が動きづらくならないように、自身はあまり微に入り細に入り知らないほうがいいと思っています。
多少がっちりとしたこの体格は、高校時代、早大学院ラグビー部でフォワードをやっていたせいです。当時は早大生と同じグラウンドで、あるとき大西鐡之祐さんという歴史的名監督が我々の練習を見て、大学の三軍と試合をやることになりました。嬉しかったうえに勝ってしまって、大学生には文句を言われましたよ。早慶ラグビーの高校戦で23年ぶりに慶応高校を破ったときは、先輩が涙を流して喜んでくれたのが印象的でした。私は椎間板を痛めてしまったため大学ラグビーは諦め、かわりに早稲田スポーツ新聞会というサークルで取材側に徹しましたが、これも結構面白かった。今もスポーツを見るのは好きです。
仕事柄お菓子の試食もあり、太らないよう要注意ですが、定期健診で医者が太鼓判を押すほど健康体です。でも、「ガナズとクチジロ」と聞いて意味がわかる人は私と同じ病気ですよ。昔からずっと磯釣りが趣味なんです。最近は周りが危ないと止めるから東京湾で船釣りする程度ですが、三浦半島の走水では50cmもある地付きアジが釣れて、ものすごく美味しい。それに釣りの楽しみ方は3つもあります。まず釣れる魚を妄想しつつ仕掛けを製作すること、実際に釣りをすること、そして家族に新鮮な魚を持ち帰り美味しく食べてもらえること。私は3つめが一番かなと思うけれど、女房はよく「釣り未亡人だわ」とぼやいています。
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