伯母さ〜ん、なになに、あの外に置いてある洗濯機は….。
いらっしゃい。挨拶も抜きでいきなりなんですか。いつも言ってるでしょう…。
はいはい。「親しきなかにも礼儀あり」でしょ。あっ、ハイは一回でしたね。
あなたのおかあさんが、まったく頓着しない人だからねえ。結婚する前に、ちゃんと心がけておかないといけないことが、いっぱいありそうね。
それで、あの洗濯機は、捨てちゃうの?
あれもね、よく長い間働いてくれた洗濯機でね。もう今では珍しいといってもいい二槽式なのよ。やっと全自動に買い替えるのでいらなくなって。そしたら、知り合いの工場のご主人が屋外で使うのに欲しいって、取りに来られる予定なの。まだ、充分動くのに、もったいないからね。
二槽式って、全自動よりいいという人もいるんでしょ。
そうなのよ。いかにも「お洗濯してる」という感じがするものね。
伯母さんのこどもの頃は、洗濯機ってあったの?
そりゃ、ありましたよ。三種の神器なんていわれてね。洗濯槽の上にゴムのローラーがついていて、それに洗い終わったものを手回しで送って絞るのよ。
ねねっ、今ふと思ったんだけど、その洗濯機が出る前って、お洗濯って大変だったのでしょうね。
それはもう、重労働だったわね、多少経験もあるけれど、タライのなかに洗濯板を斜めに入れてね、その上で洗い物に石鹸つけながらごしごしとこするわけよ。そして、すすいで干すのがまた大変。どこの家でも、庭先に大きな物干しが高々とあったものね。
今でも、最後に干すのは、全自動でもやはりできればお日さまにお願いしたほうがいいものね。
ところで、あなた。洗濯機の話をしにきたんじゃないんでしょう、用件は…。
いや、それがまさしく洗濯機の話できたの。
おや、まあ。そうなの。
もうぼつぼつ、必要な家財道具をリストアップしなきゃいけないでしょ。そしたら彼がね、洗濯機を買うなら絶対「洗剤のいらない洗濯機」にすべきだって言い張るのよ。ところが、電器屋さんの店頭にはあまりでていないらしいの。うちの伯母さんは、研究所にいた人だからそういうの詳しいから、取りあえず聞いてみるからっていったんだけど、どうも彼は「環境にやさしい」ってものにやたら弱いのよ。
そりゃまあ、環境を守ろうということは大切なことですよ。若い人がそういうことに関心をもつのは、悪いことじゃないわ。それも正しい知識を基にしてそのうえで考えれば、すばらしいことよ。
それでね、洗濯機だけでなくて、新聞に「もう洗剤いらない!マイクロふきん」なんて記事があると、「これいいんじゃない」と、そういうものまで全部揃えようとするのよ。
まあ、男の人には珍しいわね、そういう人は。でもね、そういうのはよく考えてみないとね。じゃ、そのふきんは何で洗うのかしら。使い捨てなのかしら。とくに「環境にやさしい」という抽象的で文学的な表現でいわれているものも、科学的にみたらそれが正しいのかどうなのか、ほんとうのところは何を訴求しているのかが問題だわね。
まず、第一に「洗剤がいらない」ってことが「いいことなんだ」「望ましいことなんだ」という前提があるわけでしょ、こういう商品には。新聞の記事なんかにも、ときどきそんな視点にたった書き方をしているものがあるでしょう。この前提って、正しいのかしら?
現在の技術からいえば、必ずしも「正しい」とは限らないわね。なぜかを説明するにはまず、お洗濯とはどういうことか、そもそも汚れとはなにか、洗剤とはどんなものか、そういうことから、科学的に知る必要があるようね。
でも、「洗剤がいらない」という訴え方が、ほかの商品を売るのに効果的だ、というのは…。
それはね。たとえば洗剤のいらないという製品を使った場合とそうでない場合を、客観的に比べてみる必要があるでしょうね。
この場合は、洗剤を使った場合と、洗剤を使わない方法とで、結果が同じかどうか比べてみる必要があるってことね。
洗剤がいらないという製品が出るのも、商品企画を考える人たちが「環境訴求」は大きなセールスポイントになると考えたからなのでしょうね。でも、洗剤だけを使わなくすれば、すべてにいいのかというと、それも問題がありそうね。
そーか。環境は気にする人は多いもんね。でも、とりあえず洗剤を使わなければ安くお洗濯もできる…。
なかなか。それもよく比較してみないとね。電気代や水道代などがそれ以上にかかったりするかもしれないでしょ。
なーるほどね。
それと、公平を期するためにあえていえば、「洗剤がいらない洗濯機」というのも正しくなくて、「洗剤ゼロコースつき洗濯機」なの。つまり、普段は洗剤を使っても洗うけれど、洗剤を使わない、または使う洗剤の量を少なくして洗える機能もついていますよ、といっているのよ。これが問題なのは、世間に「洗剤がなくても代替する方法で洗たくはできるんだ」という誤解を広めてしまった、ってことね。
だけど、そういう商品がほんとうにいい商品で、消費者の多くがそれを熱烈に支持してる、というわけではないんでしょう。その洗濯機だって、もしその訴求が支持されているのなら、今もお店の目立つところに置かれているはずだし、他のメーカーもこぞって追随するでしょうね。
「環境を考えている会社」というPR で終わってしまった、ということかしらね。ほんとは、そこでもっと科学的な論議を深めるべきだったんだけど。
これを機会に、洗濯を科学してみるってのはいいかもしれないわね。
そうよ。あなたも、新米の主婦になるわけだから、賢いお洗濯について勉強しておくことね。なにしろ、家事のなかでもかなりのウエイトを占めることになるんだから。
これから伯母さんに弟子入りして少しずつ教わりますわ。よろしくお願いします。それで、取りあえず、彼にはなんていおうかしら。
彼がどういう意味で、どういう動機からその洗濯機がいいと思い込んでいるのか、そこを聞いてよく確かめてみたら。JSDA のホームページでもいいんだけど、業界のいうことは
疑ってかかるようだと困るから…。あ、そうそう。国民生活センターのホームページにも、その洗濯機の性能テストをした結果のpdf 資料がのっているわよ。それを二人でよく読んでみたら?
はーい、わかりました。そうします。で、今度はその「洗濯の科学講座」もお願いします。
了解了解。ほら、お茶が入ったわよ。お菓子は…と、なにがいいかしらね…。
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