前回の洗濯のお話のときに、濯木先生にお聞きしようと思いながら質問できなかったことがありました。
どの家庭でも、洗濯などで毎日洗剤使用後の排水を流していると、その水が環境汚染の原因になっているのでは、と心配をしながら使っている向きもあるのではないかと思うのですが?
お茶の間の疑問としてはもっともです。それに下水の完備していないところもあるわけですしね。
まず、洗濯をすると汚れた排水が大量に排水口に流れていく、そこで洗剤の成分が環境汚染につながらないか、という心配ですね。
泡が排水口から流れていくと、この先どうなるのかが気がかりな人もあると思うんです。
もっともですね。ただ、家庭から出る生活雑排水というのはなにも洗濯だけではないわけですね。
台所の排水もあれば、お風呂の排水もある…。
トイレも?
生活雑排水というときは含めないという考え方もあるのですが、生活からでる汚水としては同じです。
いったい、どのくらいの量の生活排水を、わたしたちは流しているんでしょう。
「環境白書」によると、平均的な排水の量は一日一人あたり200Lといわれています。その内訳をみると、確かに洗濯がいちばん多くて72L、トイレが50L、台所が40L、お風呂38Lとなっているのです。しかし、ここで問題は排水の量ではなく環境に与える影響ですから、BODの負荷量でみてみましょう。それらの生活排水のなかでは、なにがいちばん環境に影響しそうかをBOD負荷量でみると、どうなると思います?
洗濯よりお風呂のほうが多いのかな?
生活排水の平均一人一日あたりのBOD負荷量は43gとされていますが、その内訳はこの円グラフを…。
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BOD:水の汚染度合いを示す指標のひとつ。水中の有機物質(汚れ)が微生物の働きで分解される時に消費される酸素量で表され、数値が大きいほど有機物が多い(汚れが多い)。 |
※モデル的な量で計算すると、台所からの負荷の量は、洗剤3mLのBODは1g、米3カップの研ぎ汁は8g、ビールや牛乳の飲み残し200mLは各16g、天ぷら油20mLは30g、おでんの汁500mLは50gにもなります。 |
これでみると、洗濯物の汚れと洗剤の有機汚濁負荷は1割で、ほかにもっと大きな汚濁負荷原因がある、ということですね。
なるほど。わかりました。要するに生活排水の環境への影響を心配するなら、洗濯や洗剤をいうよりも、もっと全体で考えなければ…ってことですか。
そうですね。以上をふまえて、毎日の台所からのお米の研ぎ汁も洗濯機からの排水もいっしょに、下水道があるところは下水処理場へいって、ごみを取り除き、汚泥を沈殿させ、微生物による分解で汚れ(有機物)を取り除きます。きれいになった上澄みが川などへ放流されているのです。
微生物ですか。
そう。微生物が汚れをどんどん食べてくれるので、汚水もきれいになる、この作用を生分解というのです。
下水道の全国平均普及率は60%超くらいですか?
合併処理浄化槽などのその他の汚水処理も含めた全体では、最新の平成14年度データで75.8%です。つまり残りの24%が未処理ということになります。
たとえばの話ですが、その下水処理されない洗剤成分が川に流れ出したとして、どうなるのですか。
界面活性剤の種類によっても違いますが、LASでは24時間経てば50%、AEでは90%程度まで分解されることが、いくつかの調査で明らかになっています。
自然の分解能力もかなり期待できると…。
従来は日本の川は急流だからとか、いろいろな理屈でLASの河川での生分解を過小評価する傾向があったのですが、実際はLASの河川中での生分解寄与が高いことがわかったわけです。
だからといって、下水道がなくてもなんとかなるということにはならないですね。
もちろん、なんとかなりません。自然界の生分解能力は、人間が毎日生活することで出す膨大な量の汚水を処理することはとてもできないのです。下水道がまだないところでは合併処理浄化槽を普及させるとかして、当然のことながらできるだけ環境への負荷は掛けないようにしなければなりませんね。
そうすると、川や海に洗剤成分がたくさん溜まって環境を破壊している、ということはないのですか。
それはありません。洗剤が使われ始めてもうかれこれ半世紀になりますが、下水がないところの河川や湖沼で洗剤成分が増加しているということもないし、魚などの生物に影響が出る心配もまずありません。
洗剤がやり玉に挙げられるのは、見た目の泡が立つのが目立つから、ということもありそうですね。
泡は洗剤にはつきものです。確かに洗剤のせいで川に泡が立った、ということはありましたけどね。もう昔のことですよ。洗剤が普及してまだ間もない昭和30年代の終わり頃、当初の洗剤は主成分の界面活性剤には、ABS(分岐鎖アルキルベンゼンスルホン酸塩)というのが使われていたんです。ところが、これはアルキル基が分岐しながらつながっているという構造であったために、生分解性があまりよくなかったので、大量に使われると川が泡立つといったことも起こってしまったのです。
それで、どうなったんですか。
業界では、すぐさま対策を研究し、洗剤のソフト化と当時いわれましたが、いまも使われている生分解性の高いLAS(直鎖アルキルベンゼンスルホン酸塩)に切り替えたのです。これは構造がアルキル基が直線状(リニア)につながっているため、分解がしやすいのです。
いまLASが使われているのはそいうわけだったんですね。
ちょうど公害が社会問題としてクローズアップされていた頃だったので、昭和42年には当時の通産省も洗剤のソフト化実現化への要望通達を出したのですが、業界もそれに先がけてソフト化を急いだ結果、昭和41年には各社がソフト化商品を売り出し、47年には完全にLASへの切り替えが完了しています。
それからは、家庭で洗剤を使うために河川で泡が立つというようなことは起こっていません。
そういえば、同じ頃でしょうか。多摩川で魚が大量に浮き上がる、という事件が続発したのは…。
あれは昭和38〜39年頃にかけてだったと思いますが、工場が青酸物質を含んだ廃液を川に流したのが原因でした。考えてみれば、この頃は公害対策基本法も公布されたばかりで、まだいろいろな環境保護のための施策ができていなかったため、いまでは考えられないようなことも起こっていたということですね。
洗剤の泡が問題にされたのも、そういう時代背景があったからともいえそうですね。
当初分解が遅い洗剤が使われたのは、歴史の浅い新しい商品で、完全にそこまでシミュレーションして予測することはできなかったわけですね。ところが、実はもっと大変な問題があったのですよ、洗剤には…。
あっ、その話は次回のお楽しみですね。
いやー、「楽しい話」になるかどうか…。
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