------ 先生は、長年にわたって水環境にかかわる研究と、それに関連して界面活性剤についてもいろいろ研究をされてこられたわけですが、最近のお仕事ではどのようなことを…?
私自身がこれまで力を入れてきた研究は、水生生物の環境保全がまず第一にあげられますね。
そして二番目には、閉鎖性水域である湖沼と内海・内湾の環境汚染、富栄養化防止です。近年では有明海のノリ不作問題、諌早湾の潮受け堤防の問題など、海の問題がクローズアップされています。それに対して、国が検討委員会をつくって評価しようということになり、その委員長をおおせつかっています。
三番目には、やはり地球温暖化の問題です。今や一般の人が肌で感じるほど、温暖化が進んでいる。CO2削減に向けてはいろいろ問題も抱えながらも、国際的な協調体制もさまざまに進んでいます。これについても中央環境審議会で、1 月まで地球環境部会長として目標達計画をつくるときのまとめ役になっていました。
そんなわけで、最近では自分で自分の研究をするというよりは、国や自治体などの依頼でデータをまとめるとか、他の研究者の研究のまとめ役に徹している、というのが現実のところですね。
------ 少し古い話になるかもしれませんが、先生がそもそも界面活性剤の研究に取り組まれるようになったきっかけは、どんなことだったのでしょうか?
合成洗剤も界面活性剤も、まだそんな言葉もあまり一般に広まっていなかった時代ですが、東京都の下水道局で仕事をしていました。1960年代には活性汚泥処理をするときに泡立ちが起こる、ということがありました。なぜ泡立ちが起こるのか、そのときにはまったくわからない。それで、それがなぜかという研究を、最初に始めたわけです。
洗濯機がだんだん使われ始めた昭和30年代の半ば頃、その当時は洗剤の主成分はABSと呼ばれる界面活性剤でした。外国の文献などを調べてみると、どうも原因はこのABSではないかということだった。そこで、その濃度や影響はどうかと、その測定や分析を始めたのです。
すると、濃度は高くはないものの、やはりABS が影響していることがわかった。これは日本でも研究しなくてはならないし、早急に対応が必要だろう、といった話になってきたわけです。
わたしも若かったので、そんな発言力もなかったのですが、業界の人々も率先して訪ねてこられて、洗剤の分解試験法や泡立ちや分解率などを、互いに協力して研究するようになったのです。それが、まず現場での研究のスタートでした。もう40年も前の話ですね。
------洗剤業界が、自主的にABSからLASへ切り変える、いわゆる“洗剤のソフト化” への転換が終わったのが、1972〜4(昭和47〜9)年頃でしたから…。
そうですね。われわれもABSからLASに転換するのがいいのではないかと提言もしたのですが、業界も問題を先取りしてみずからソフト化路線への転換を実現されました。その結果、生分解率も上がって、下水処理場では泡立ちもなくなったのです。
後には科学的な結論も出て否定されましたが、今度は界面活性剤自身に有毒性・有害性があるんだとか、催奇形性説をいう研究者が現れて、マスコミがこれを大々的に報じた、といったことがありました。
かと思うと、その次には富栄養化の問題が出てきて、これが当時洗剤に含まれていたリンが原因だとされ、これも大騒ぎになった。これについても、業界ではその真偽や影響の度合いはともかくということで、低リン化、そして無リン化へと対策が進んだ。
ほぼ同時期に、こういった問題が相前後してあったのですが、わたしはその頃には東京大学の応用微生物研究所に移って、そのあと国立環境研究所に入り、職名が陸水環境研究室室長でした。川だとか地下水とかが守備範囲になったわけですね。それで当時の環境庁からも“住民が心配しているから洗剤の毒性評価と分解性評価をやってくれ” ということになり、かなりの人員を割いて毒性評価と分解性評価について研究をしました。
今もそうかもしれませんが、あの頃から“洗剤よりも石鹸がいい” という人があった。同じ濃度では確かに合成洗剤のほうが多少は毒性値は高くでるのです。しかし、使用量はというと、石鹸は洗剤の3〜4倍も使っている。それを合わせて考えると、大勢には影響なく、ほとんど同じくらいだと考えられる。
つまり、いちがいにどちらがいいとは言えないので、わたしはその頃から「石鹸も洗剤も一長一短」ということを主張するようになったのです。それが1975〜80(昭和50〜55)年頃くらいですね。
ところが、石鹸運動を進めようとする一部の人々としては、その結論は気に入らなかったらしく、いろいろ批判され、さまざまな形で反発を受けたものです。だが、それも今となっては思い出…ですかね(笑)。
------ 国環研(当時は国立公害研)時代に、先生は下水流入水でLAS と石鹸の比較をされて、「下水流入水の洗剤LAS濃度が5倍を超えると分解が悪くなるが、石鹸では標準濃度の2 倍で分解(生分解)率が悪くなる」という論文を出されています。これには、石けん推進をしていた自治体などではかなり衝撃を受けた、ということがあったそうですが…。
そうそう。それで随分叱られましたよ。“お前の研究はなっていない” とね。“洗剤を擁護するのか” と批難されたこともあった。直接電話をいただいたり、投書をもらったりということもありましたね。
界面活性剤という化学物質は、有用で優秀な性能をもっています。しかし、人間の求める便利さと環境影響は、トレードオフ(二律背反)になることもあるので、できるだけそれを環境に出さないようにして、影響を緩和していかなければならないことは基本でしょう。毒性がないことはもちろん、環境に蓄積しない、生分解性が高いことが、まず要求される化学物質のありかたです。
------ 最近は、水質に関しては学会発表などもあまり活発ではないようです。今後の界面活性剤の研究、水環境と洗剤研究の動向はどうなのでしょうか。
応用の研究というのは、もともと問題があって需要があってはじめて研究対象になるのであって、研究が少ないのは、環境影響としてはもう問題が少ないということだろうと考えられます。
化学物質の範囲は広いうえに、問題があるものがもっとほかにあるし、有害性の高いものも多くあります。そちらのほうが問題があり需要があるから、大きな問題を残してない界面活性剤には手が回らない。では、界面活性剤にはまったく問題がないのかというと、それはやはりあると言えると思います。ただ、それはあくまでも水生生物を守るための視点からで、人間じゃないですよ。
おおざっぱにいうと、下水処理によって排水中の界面活性剤成分の95% は処理されています。生活雑排水の約20% は下水処理されないで、いわば垂れ流しされている。その部分には、界面活性剤も含んでいるので、水生昆虫やプランクトンなど生物へ影響するということもあるだろう。そういう意味では、なんらかの基準も必要になるわけで、現在これも検討中という段階です。
------ 先生は、生協などにもお出かけになってお話をされているようですが…。
これまで生協では、LAS を含んでいる洗剤は取り扱わないということになっていたのですが、それを店頭に並べて販売するように方針の切替えをしています。そうする理由を科学的な裏付けで示す必要があり、会員にも店の責任者にも納得させ、徹底させなければなりません。各県の生協から各地へ行って話をしてくれという依頼が一昨年くらいから頻繁にあって、対応できないくらいなのですが、わたしは日本生協連の環境政策委員もやっているので、お手伝いしないわけにはいかない…。(笑)
そのときのお約束は、いまさら洗剤か石鹸かとかいった話をしてもしかたがないので、水環境全体の中で汚濁というのはどういう位置づけにあるのか、水環境の問題としてなら話をする、ということでお受けしています。
一言でいえば、わたしは魔女狩り的な環境問題は好きではないのです。マルバツ方式でやるのは環境問題ではないのです。
“洗剤さえなくなれば環境がよくなる” というような考え方をする人も多いのですが、それに対して抵抗感があります。そういった人々は、説明してもなおかつこだわりがあるようで、なかなか納得されないようです。環境問題には、なによりも柔軟性が必要なのですがね。
いちばん重要な問題をみんなが忘れているのですが、環境問題で肝心なのは温暖化問題です。ご承知の通り、京都議定書では2008〜2012年に1997年の排出量のマイナス6% にしようという約束をしました。来年からはそれが守られているかどうかのチェックを受けなければならないので、日本もそのデータを提出しなければなりませんが、現在のところまだ8.1%もオーバーしている。あと20年くらいで地球上の生命の生存に関わるかもしれない問題があるのに、“洗剤が洗剤が…” といってるのはおかしいですよ。洗剤追放を主張している人の問題意識を、ぜひ温暖化に向け、そのエネルギーと情熱を前向きな課題に活かせるようにしていただきたいですね。そう心から思っています。
よく話を聞いてもらえれば、もともと環境問題に熱心で、パワーもある人々なのだから、いつか理解してもらえるだろう…。そうしてわたしも少しは、未来のためにお役立つことができるかもしれませんからね。
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