コロナ禍を経て6年ぶりに油脂海外調査団を派遣した。 今回の第12回調査団は、油脂製品部会会員 8社より代表者を選任し、「環境配慮型社会に向けた次世代原料への代替の動向と油脂産業へ及ぼす影響の調査」をテーマに、2024年 10月6日~13日の日程で米国カリフォルニア州の企業 6 社を訪問した。
SDGsの推進や、Bio Diesel Fuel (BDF)の水素化植物油(HVO)へのシフトなど、社会全体が持続可能な循環型社会を強く志向している背景より、具体的な調査対象を、「Sustainable Aviation Fuel (SAF)の動向」に置いた。 さらに、油脂製品部会会員企業の原料・製品に関わる環境配慮型技術・ビジネス開発の視点より、「バイオサーファクタントの動向」、「代替油脂」を調査対象に加えた。 これら三点に関し、事前の文献等情報の調査、国内関連企業へのヒヤリングを踏まえ、訪問先の抽出・選定・交渉を行った。
(1)スケジュール
日程 |
訪問先 |
所在地 |
調査目的 |
10月7日 |
三井物産L A支店 |
カリフォルニア州 ロサンゼルス |
グリーンエネルギー |
10月8日 |
Genomatica Future Origins |
カリフォルニア州 サンディエゴ |
代替油脂 |
10月9日 |
AGAE Technologies |
オレゴン州 コーバリス |
バイオサーファクタント |
10月10日 |
CheckerSpot |
リフォルニア州 アラメダ |
代替油脂 |
10月11日 |
Hawkwood Bio |
カリフォルニア州 サンフランシスコ |
代替油脂 |
Marathon Petroleum |
カリフォルニア州 マルチネス |
SAF |
(2) 調査概要
① SAF
- SAFは、航空業界における有効な脱炭素化手法として高い注目を浴びている。
- SAFの主な製造方法として出発原料別に次の4種が挙げられる。
- 「草木等」を糖化させアルコールを経由し炭化水素を得る、あるいはガス化させ合成ガスを経由しFische r-T ropsch (FT)合成油を得る方法
- 「微細藻類」から油脂・粗油を経由して炭化水素を得る方法
- 「都市ごみ」などをガス化させFT合成油、アルコールを経由して炭化水素を得る方法
- 「廃食油」を水素化処理(HVO法)し、炭化水素を得る方法
微細藻類や FT合成は期待されているものの、コスト面やプロセス面で不完全であり、水素化処理が有用な製造技術とされている。
- HVO原料として、日本の廃食油の輸出が増加。 廃食油の価格上昇の影密が、代替品としての国産牛豚脂価格の高騰につながるなど、我々の業界に影懇を及ぼしている。
- SAFの需要は世界では、2030年に約8800万KL、2050年に約6.5億KL。 パーム油の生産量年間7000万tを考えると、桁違いの物量となる。
【 Marathon社 】
- 1998年設立の大手石油精製・エネルギー開発会社。 近年は再生エネルギー事業に注力。
- カリフォルニア州マルチネス精製所での再生可能燃料製造プロジェクトにおいて、原料油調達を目的に世界最大手のNeste社と提携。 再生可能燃料の原料として、廃食油と植物油脂を 使用。
- 足元での原料油不足が課題で、 食料向けとの競合を招いていることも認識。 セルロース由来のバイオエタノール製造や、糖からの再生可能燃料製造の試作等も行っている。油糧種子企業は、年間収量を上げるための大豆や菜種等の種子開発や栽培実験にも取り組み、油全体の生産凪を増やすことで、 食料と再生可能エネルギー向けの両方の需要に応える狙いの模様。
- 消費者の立場から見て、SAFのプレミアムに対してどこまで許容されるか懸念がある。 原料確保や価格の面で、 政府が掲げるSAFへの切替え政策がどこまで実現性のあるものなのかは疑問。
② バイオサーファクタント
- バイオサーファクタントはパーム油などの天然油脂・糖を酵母によって発酵することで得られ、完全に生分解することで、石油ベースの界面活性剤の持続可能な代替として注目されている。環境にやさしく、 安全性が高いことから、 洗剤、 パーソナルケア、 食品加工など様々な分野に使用されている。
- バイオサーファクタントの世界市場は、2022年約7億ドル。欧州が市場シェア43. 3%で最大であり、欧州企業は積極的な開発投資を進めている。次いで北米が市場シェア 23. 5%を占める。2030年には、 市場が約19億ドルにまで成長すると予測されている
- 種類別には糖脂質系の占める割合が最も多く、今後も糖脂質系を中心に成長すると思われる。
【 AGAE社 】
- 2011年創業以来、ラムノリピッド(糖脂質系バイオサーファクタント)の研究を続け、北米初のパイロットプラント発酵・精製に成功。
- ラムノリピッドは、 化粧品・日用品・農薬・石油回収・環境汚染対策等、 多岐に渡る用途で使用されており、 顧客のニーズに合わせて固体・粉末・ペーストの性状や色調等、 様々な形態で製造する技術を所有している。価格は、$100~$50, 000/kgと製品の種類や用途、販売条件によって異なる。
- パイロットプラントでは商業化に向けた低コスト・高収率の製造技術 (モジュール設計発酵システム)を確立しており、発酵工程で課題となる泡の発生に対し、消泡剤を使用せずに、製造技術によって制御できることを強みとしている。
③代替油脂
- 植物油はその原料となる植物の生育地が局在していることもあり、気候変動リスクや地政学的なリスクを受けやすい。特に日本は、 海外からの輸入に依存しており、サブライチェ ーンの停滞を防ぐ必要性が高い。この可決策の一つが、 代替油脂の開発・調達となる。
【 Genomatica社 】
- トウモロコシ等の様々な糖を原料とし、 微生物から油脂を生産する技術を有する。 花王(樹・ロレアル・ユニリーバと共同出資するFuture Origins社では、Genomaticaの微生物技術を活用してパーム核油由来原料の代替品開発を進めている。 現在はC12, 14アルコールの開発 を中心に検討しており、2033年までに年間30万トン程度の生産能力を確保する考え。合わせて、C8, 10 の脂肪酸製造も検討を進めている。
- 微生物・糖由来の油脂生産のメリットとして、温室効果ガスの排出量抑制、天候による収量・品質への影響の低減、 加えて産地集中によるサブライチェ ーンリスク軽減が挙げられる。
【 Checker spot社 】
- 糖を原料に微細藻類を培養(5~6日間程度の発酵)し、脱水や抽出等の精製工程を経て油脂を製造する技術を有する。同社敷地内で適切な微細藻類株のスクリーニングからスケールアップ、 精製まで一連の検討を行っている。
- 既存の野生型の微細藻類活用では限られた種類の油脂しか製造することができないが、迫伝子工学技術を活用して微細藻類株を改変することで、様々なアルキル鎖長を有する油脂の製造が可能に。具体的には、アルキル鎖長の増減や不飽和結合の位置・数の変更、さらには官能基(ヒドロキシ基)の導入も可能。また油脂(トリグリセリド)に存在する3つのエステル 結合部位に対して、 任意の位置に任意のアシル基を配置することも可能。
- 本技術を活用することで、パーム油やパーム核油等の植物油脂や牛豚脂等の動物油脂に類似する脂肪酸組成を有する油脂を、商業的規模で製造することに成功。ブラジルのパートナー 企業の保有工場で微細藻類とサトウキビを活用して食用油脂の製造販売を開始しており、油脂の製造能力としては125~150トン/バッチほど。
- 製造された油脂の価格は通常の大豆油と比較すると、約2.3倍と非常に高価。コスト高の要因は、原料である糖の購入コストによるもの。
- 自社の役割を、微細藻類による油脂の製造可能性の検討と自認しており、現時点では脂肪酸 の製造まで行う予定はない。
(3) まとめ
今回の調査からSAFについては、工業化について技術的には確立しているものの、原料確保や政策、コスト等の課題を抱えており、今後の増産について注視していく必要がある。
バイオサーファクタントについては、消費者の天然由来への要望は高まっているが、量産化とコストの課題が残っている。各社、低コスト化を目指しているが、従来型の石油系界面活性剤と置き換わるには時間を要する。
代替油脂については、糖などを用い油脂製品を生成する技術は確立しているが、原料の 確保とコスト等の課題を抱えており、従来の油脂を代替するまでには至っていない。しかし、 将来的に発生量が少ないアルコール・脂肪酸を代替する可能性は高い。
総じて環境対応型製品については、コストの課題が残るが、各国・各企業が環境への対応にどこまでのコストをかけられるかが、これら環境対応型製品の推進につながると考える。
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