「次世代エネルギーが油脂産業にもたらす環境変化」
~油脂製品部会 第11回 海外調査団報告~

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<はじめに> |
油脂製品部会では、油脂産業の動向調査とメンバーの交流を目的として、2年毎に海外調査団を結成し派遣しています。第11回は、池田リーダー(株式会社ADEKA) を中心に8社(花王株式会社、川研ファインケミカル株式会社、阪本薬品工業株式会社、新日本理化株式会社、日油株式会社、ミヨシ油脂株式会社、ライオン株式会社)より計8名が、2018年9月24日から10月1日の日程で欧州を訪問し、油脂産業の動向調査を行いました。 欧州には2008年以来10年ぶりの訪問となります。
現在、欧州は直近のイギリスのEU離脱や最大の貿易相手国である米国トランプ政権が適用した新関税を受け、大西洋間関係の亀裂が深まるなど、従来とは違う大きな問題に直面しています。
欧州の油脂産業という観点から見てみると、バイオディーゼル燃料(以下BDF)の生産量が最も多く(世界全体の3割強)、油脂原料と欧州諸国のBDF動向は切ってもきれない関係にあります。また世界に目を向けると、次世代自動車を巡っては電気自動車(EV)が台頭しつつあります。欧州は、イギリスとフランスが2040年までにガソリン車などの販売を禁止する方針を2018年7月に表明するなどエネルギー対策が先行しています。
このような背景を受け、第11回海外調査団では、世界に先駆けてエネルギー対策に戦略的に対応している欧州を調査することで、今後の世界のエネルギー動向を掴むと同時に油脂産業の実態を把握することが出来ると考え、以下の4点に関して調査を行いました。
1. 欧州BDF業界の動向調査
2. 欧州オレオケミカル業界の動向調査
3. 欧州企業の持続可能な社会実現に向けた取組み調査
4. 欧州トイレタリー製品の実態調査
訪問先と調査目的
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1.欧州BDF業界の動向調査 |
バイオディーゼル燃料(BDF)とは、生物由来の油脂から作られるディーゼルエンジン用燃料の総称であり、バイオマスエネルギーの一つであります。欧州をはじめとした諸外国において規格化されており、行政主導の導入が進んでいるが、その目的は大きく3つに分かれます。
- 地球温暖化対策のための温室効果ガス排出削減
- 自国の農業支援
- 石油依存からの脱却
また現在、商業化されているBDFは、以下の2種類に分類されます。
- ① 脂肪酸メチルエステル(FAME)
- ② 水素化植物油(HVO)
FAMEは植物油脂や動物油脂などの原料をメタノールとエステル交換させて得られます。メチルエステル化の際に副生成物として原料油脂の10%程度のグリセリンが発生します。一方、HVOは原料油脂を水素化処理することで得られる直鎖パラフィン系の炭化水素であり、副生物としてのグリセリンは発生しません。欧州ではFAMEの石油系ディーゼル燃料への混合上限が最大7%までに制限されているのに対し、HVOは石油系ディーゼル燃料とほぼ同じ構造であるため、7%以上の混合が可能です。また、HVOは石油系ディーゼル燃料に含まれる芳香族炭化水素やポリ芳香族を含まないため、石油系ディーゼル燃料よりクリーンであるという見方もあります。
今後、再生可能エネルギー目標を達成するためには7%以上の混合比率の達成が必須であるため、HVOの需要は堅調に伸びていくと予想されます。但し、HVOの製造に必要である水素化設備の導入には数百億円規模の設備投資が必要であるため、参入のハードルは高く、現時点では未だFAMEが主流です。
また米国農務省(USDA)のレポートによると、BDFはディーゼル燃料同様、緩やかに市場が拡大しています。2017年の欧州域内におけるBDF消費量は約155億リットルであり、2013年以降4年連続で増加しております。2018年も微増する見通しであり、少なくとも今後2~3年、欧州BDF市場は緩やかに拡大し続けることが予想されます。
加えて欧州では、地球温暖化対策の一環として、温室効果ガスの削減を目標とした再生可能エネルギー指令(RED)を2009年に発令しており、各加盟国に対し、厳しい達成目標を要求しています。REDでは2020年までの再生可能エネルギー目標を下記の通り設定しています。
- EU加盟国全体のエネルギー消費に占める再生可能エネルギー割合20%の達成
- 輸送用燃料に占めるBDF割合10%の達成
REDは2011年から2020年までの再生可能エネルギー目標を定めた指令であるため、2016年から、2020年以降の目標を定めるRED修正案 (REDⅡ)の議論が活発化しており、今回の調査においても、各BDFメーカーがREDⅡの行く末について非常に高い関心を持っていることが伺えました。
このように欧州におけるディーゼル市場はここ数年堅調に成長しており、短期的には今後も微増するものと考えられます。REDⅡによりFAMEの使用制限がこれまで以上に厳しくなる見込みであるため、FAMEからHVOへのシフトは今後も一定の速度で進んでいくと予想されますが、水素化設備の導入には高額な投資が必要となるため、急速な変化は考え辛い状況です。
また、REDⅡにより原料油脂についても大きな変化が訪れる可能性があります。欧州では従来、ナタネ油由来のBDFが主流でしたが、近年パーム油や回収油由来のBDFの占める割合が徐々に増加しています。これに対し、パームのプランテーションが森林伐採や児童労働の温床となっているとして、欧州でのパーム油の使用を制限しようとする動きがみられますが、パーム油の主要産出国であるインドネシアやマレーシアが大きく反発しています。
長期的な視点で考えると、イギリスやフランスなどでEVへのシフトが加速していることに加え、REDⅡにおいてもEVが大きく優遇されていることから、ガソリン・ディーゼル市場は徐々に縮小していくと予想されます。EV関連のインフラをどれほどの速さで整備できるかがポイントとなります。
FAMEの生産量が減少すると必然的にグリセリンの発生量も減少することに加え、パーム油をはじめとする原料油価格への影響も大きいことから、今後もBDF市場の動向を注視する必要があります。
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2. 欧州オレオケミカル業界の動向調査 |
2-1.オレオケミカル(脂肪酸、アルコール)
(脂肪酸)
オレオケミカル製品の仲介業社であるHBIによると、2018年における脂肪酸の生産能力は世界で約1,300万MTあるが、実生産量としては約880万MTの見込みです。生産能力と実生産量を比較すると生産能力にまだ余力があり、また世界の市場シェアは上位9社で半分以上を占めています。油種別に見ると、パーム核油・パーム油が全体の7割以上を占めており、次いで動物油脂が約2割、ナタネ油や大豆油等が残りを占めています。
2018年の欧州での脂肪酸生産能力は約171万MT、実生産量は約129万MTの見込みです。油種別に見ると凡そ5割が動物油脂、次いでパーム油・パーム核油となっています。今回訪問したOleonのベルギー拠点では、ユーザーの要望に応じた高純度オレイン酸やイソステアリン酸など高付加価値品の製造をメインで行っており、食品・化粧品用途での需要が伸長しているとの情報を得ました。
(アルコール)
HBIによると、2018年におけるアルコールの天然由来と合成由来の比率は天然:合成=7:3であり、天然アルコールの生産能力は世界で約357万MTあるが、実生産量としては264万MTの見込みです。2018年の天然アルコールの生産量は上位9社で約75%を占めており、今後はアルコール大手各社での設備投資があるため、全体的な生産量は更に増加していくと考えられます。
今後の相場変動要因の1つとしてShellのフォースマジュール宣言によるアルコールへの影響が挙げられていました。
2-2.グリセリン
(供給)
HBIによると、2018年のグリセリン生産量は約380万MTの見込みです。グリセリンの生産量はFAMEの生産量に大きく左右されており、FAME由来グリセリン生産量は世界のグリセリン生産量の3分の2以上を占めています。直近の動向として、欧州ではREDⅡや環境問題によるディーゼルのイメージダウン、アルゼンチン等からのBDF輸入量増加の影響により、2019年以降はFAME生産量増加の見込はなく、副生されるグリセリン生産量も増加の見込はないとのことです。
一方、欧州以外では、アメリカやブラジルでFAMEプラント増設計画があることや植物油相場維持の思惑からFAMEの生産量が増加する見込みです。世界全体で見ると欧州以外でのFAMEの生産量が増加するため、副生されるグリセリンの生産量も増加していくことが推測されます。
(需要)
HBIによると、欧州でのグリセリン消費量は、2017年では約91万MTだったが、2018年は約82万MTが見込まれており減少傾向です。グリセリン消費量が減少している要因は、水処理や飼料へ使用される粗製グリセリンの消費量が減少しているためであります。
一方で、世界のグリセリン需要は増加傾向です。グリセリン用途は、医薬品や化粧品、工業用、食品と多岐にわたっているが、中でも化粧品向けの需要が非常に堅調なことに加えて、エピクロロヒドリン(ECH) やプロピレングリコール(MPG)、不凍液などの新規用途も開拓されているため、2019年も継続した増加が見込まれます。
前述の通り、2018年におけるグリセリン生産量は約380万MTの見込みであり、この中でECHやMPGといった新規用途へのグリセリン消費量は約81万MTの見込みとされています。
ECH は2018年では約240万MTの市場で、用途はエポキシ樹脂原料です。ECH向けグリセリンは約44万MT の使用が見込まれています。1MTのECHを製造するために1.1MTの精製グリセリンが使用され、ナフサを原料とするよりも収率が20%高く、不要な塩化物や廃水の発生を抑えるメリットがあるためにECHの製造向けグリセリンの需要が高まりました。ECH用途で消費されるグリセリンが増加したことが、2017年~2018年のグリセリン高騰の要因の1つと考えられます。
MPGは2018年では約220万MTの市場で、用途としてはUPR(不飽和ポリエステル樹脂)や保湿剤などがあります。MPG向けグリセリンは約14万MTの使用が見込まれています。1MTのMPGを製造するために1.3MTの精製グリセリンが使用されます。
ECHやMPGの原料は、各国政策や原油相場とグリセリン相場の相関により選択されるため、ECHやMPG向けグリセリン消費量は一概に増加し続けるとは言い切れません。
(グリセリンの今後)
HBIの予測では、グリセリン相場は短期的には下落傾向です。その要因はアメリカでの設備投資による粗製グリセリンの品質向上とFAMEの生産量増加によるグリセリンの副生量増加が見込まれるためです。
しかし、FAMEからHVOへの転換に伴うグリセリン副生量の減少などの理由から、グリセリン生産量が増加し続けるとは言い切れません。ゆえに、グリセリン相場へ影響を及ぼす上記要因などの動向を継続して注視する必要があります。
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3. 欧州企業の持続可能な社会実現に向けた取組み調査 |
「欧州の持続可能な社会実現に向けた取組み」だけでなく、「欧州内の業界毎の取組み方の違い」といった観点で調査を実施しました。
結論として、業界問わず環境対策に取り組んでおり、CO2排出量削減やプラスチック廃棄抑制等に代表される「持続可能な社会実現に向けた環境面」での対応について、各企業や団体が先行して取組みを進めていることを確認しました。
エネルギー産業においてはISCC(国際持続可能性カーボン)認証等に代表される欧州委員会が認定した認証機関を通じた取組みが主流であることを確認しました。ISCC認証は「バイオ燃料の原料について、熱帯雨林や泥炭地をプランテーション化した生産物ではなく、かつ、化石燃料として温室効果ガス排出量が大幅に少ない燃料であること」を証明するものです。今回訪問した第一世代BDFの製造を手掛けるVerbioは、この認証を取得していました。また、Neste Oilは使用する油種の約80%が回収油由来であり、持続可能な社会実現に向けた環境配慮の事業を手掛けていました。このような欧州エネルギー業界における取組みはREDが背景にあり、各社が目標値と達成時期を明確にして、自社の事業方針に折り込んだ事業活動を推進していることが伺えます。
オレオケミカルや日用品業界では、団体や企業が掲げるサステナビリティ目標に則し、RSPO認証油の使用目標を定めて取り組みを進めていることを確認しました。オレオケミカル関連製品を製造するOleonは「使用するパーム油は2019年に全量マスバランスグレード品以上を使用する」という方針を掲げており、また、欧州の石鹸洗剤工業会に位置するAISEでは、会員におけるRSPO認証油の使用が60%超であることを確認しました。
加えて、RSPO認証油使用以外の環境配慮の取組みとして、AISE加盟企業では製品製造におけるエネルギー及びCO2等の低減を予てより進め、実現していることを確認しました。近年における欧州家庭品の取組みとしては「プラスチックによる海洋汚染防止に向けた業界での取組み促進」「バイオ原料ガイドラインの策定」等、最終商品の特性を踏まえた対策検討を進めていました。
また、各訪問先との意見交換時には環境面の方針及び取組みではなく、自社労働環境改善及びサプライヤーの労働環境の独自監査などの取組み強化といった「持続可能な社会実現に向けた社会面」に対する意見が数多く聞かれました。
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4. 欧州トイレタリー製品の実態調査 |
欧州の環境法規等を見ると環境に対する配慮が伺えます。我々はその環境に対する配慮がどのようにトイレタリー製品に反映されているのかを実際の店舗及び訪問先のヒアリングを元にトイレタリー製品の実態を調査しました。
4-1.ハウスホールド製品
欧州のハウスホールド製品全般の市場規模(2017年、金額ベース)は、約半分が衣類用洗剤や漂白剤等のファブリックケア製品、残る半分が台所用洗剤や住居用洗剤等のリビングケア製品で構成されています。更に、衣類用洗剤の剤形別の構成比を欧州と日本で比較すると、どちらも液体タイプが主流ですが、その比率は大きく異なっており、日本の方が高い比率でした。欧州でも日本と同じく洗剤の濃縮化、コンパクト化が普及してきており、洗剤の使用量が3割程度少なくなっていました。実際に店舗で陳列されているものを調査したところ、コンパクトなものが多い印象でした。
尚、濃縮洗剤が浸透している理由についてはコストパフォーマンスや持ち運びやすさといった実用性と洗剤使用量の低減、包装材のコンパクト化によるゴミの低減といった環境への配慮は日本と欧州共に共通しているものの、欧州はより一層環境への配慮が強いものでありました。AISEも啓発活動の一環として、濃縮洗剤を使用しても洗浄力は変わらないといった実用面でのメリットを発信する一方で、環境負荷低減に寄与していることも消費者へ情報発信していましたが、環境への配慮として有効と考えられる詰替製品は浸透していないことが分かりました。
浸透していない理由として、欧州では消費者の誤使用による問題発生時の責任をメーカーが問われるため、メーカー自体が詰替製品に対して消極的になっているとのことでした。日本では、詰替製品の使用はリサイクルの一環として考えられますが、欧州では環境負荷低減以上にメーカーの責任問題に重点が置かれているなど、日本と欧州の考え方・消費者の文化に違いがありました。
4-2.パーソナルケア製品
日本でよく見かけるシャンプー等の詰替製品は、ハウスホールド製品同様に、あまり浸透しておらず陳列棚に詰替製品は少ないことが分かりました。花王ドイツを訪問した際に詰替製品について伺ったところ、詰替製品の提案をしても市場に受け入れられにくい状況にあるとのことでした。
また、欧州では化学物質への規制が強化される際、香料中の成分が該当することが多く、香料のレギュレーションは高い頻度で変更になるとのことでした。そういった動向については常に注視をしているとのことで、対処・対応の難しさを感じました。
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<まとめ> |
今回の調査から、当初の我々の想定以上に、欧州は「環境」を政策立案の考え方の中心に据えて、2030年を目標に段階的かつ戦略的にエネルギー政策を進めて行く方向性であることを確認しました。特に我々の油脂産業に大きく影響を及ぼす「エネルギー政策」は、長期的にはREDⅡなどの流れから、BDFにおける「FAME」から「HVO」のシフトなどの動きが挙げられ、結果、オレオケミカルの市況に関わってきます。
そのような動向を鑑みながら、我々は世界のオレオケミカル市況へ大きく影響する「欧州の環境エネルギー政策」「世界のBDFメーカーの動向」などの欧州エネルギー産業の変化を注視していく必要があります。
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