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2008年3月15日更新
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* 化学物質の安全シリーズ (3)

化学物質の安全性はどうやって伝えるの?

(社)環境情報科学センター
調査研究室

村上 治 氏

(2008/1/23開催)

(社)環境情報科学センターへのリンク

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1)環境情報科学センターで行ってきたこと
2)リスクコミュニケーションの必要性
3)リスクコミュニケーションを行うために
4)リスクコミュニケーション事例
5)今後の展開

 環境情報科学センターは、環境庁ができた翌年の昭和47年に任意団体として設立されました。当時は公害が顕在化し、環境問題が本格的に論じられるようになり、環境について考えようと当時の環境科学に関心の深い各分野の科学者、技術者など、公害研究所の方々が中心メンバーになって勉強会を始めたのが、環境情報科学センターの始まりです。5年後の昭和52年に環境庁の初めての社団法人として許可を受けました。その後、大気環境学会、水環境学会、騒音振動学会など、環境関係の個別分野の学会が設立されるにつれて、会員はこのような学会に徐々に移っていき、人と人のつながりに関係する社会学の分野が環境情報科学センターの主なフィールドとなりました。現在は、学会活動とともに環境省の委託を受けて事業、調査を行っています。
 本日は、環境科学情報センターが行ってきたことを紹介します。環境や化学物質のことを伝えるにあたって、どのような資料を作り、活動してきたかをお聞きいただくことにより、問題点や悩みをご理解いただきたいと思います。次に、リスクコミュニケーションの必要性、リスクコミュニケーションを行うために、リスクコミュニケーション事例、今後の展開について説明します。
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 1)環境情報科学センターで行ってきたこと
1-1 化学物質と関わりをもったのは、PRTR制度ができた時、環境庁の委託によりOECDのガイダンスマニュアルを翻訳したことに始まります。PRTR制度が始まり、平成13年に初めてデータが公表され、環境省は、それを一般に普及、啓発させる必要があると考えました。PRTR制度は、企業が環境への排出量を公表することによって、市民が監視する制度です。そこで市民にデータを知ってもらうため、環境省と相談しながら「市民ガイドブック」をつくりました。市民ガイドブックはPRTR制度に対してまったくの素人に、どういうものかを理解してもらうために作ったのですが、一番伝え難いのが排出量の分類でした。排出量のデータは企業から届けられたデータ(届出)、経済産業省や環境省が排出量を推定するデータ(届出外)の2種類からなっています。届出外というのは、企業から排出されていても年間取扱量が1トン未満であるもの、事業者20人以下の中小企業から排出されているもの、非対象業種の病院や建設業から排出されているもの、移動体である自動車や航空機、船舶などから排出されるもの、家庭で殺虫剤や農薬などを使用することによって排出されるものなどです。これらを含めたものをPRTR対象物質の環境への排出量といいます。この中でリスクコミュニケーションの対象となるのが、企業から排出される化学物質です。排出量が開示されているので、データを見ながらリスクコミュニケーションを行うことが出来ます。
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1-2 視覚的に分かりやすくするために、届出と届出外の排出量を基にして、濃度マップを作りました。これは全国580のアメダス局で測定された過去10年間の気象データを基に拡散計算を行って作成したものです。ここに紹介されているのが平成16年度のベンゼンの大気濃度です。ベンゼン9:91と書いてありますが、この9というのは、届けられた排出量です。91は届出外で、移動体とか、家庭などから排出されているものです。その下に環境基準値:3μg/m3とありますが、図の中で赤く塗られているところが3μg/m3以上になります。東京の中心は赤くなっているので、ベンゼンが環境基準値を超えていることが推計されます。推計濃度の最大値は61.4μg/m3です。ただ、実際の排出は時間で変動しますが、ここでは年間の総排出量を単純に時間で平均化しているので、あくまでも推計として見る必要があります。環境データがどうなっているかを目で見て確認してもらえればいいのです。これで分るのは、中央道や東北道など高速道路に沿って高い濃度分布があることです。つまり、ベンゼンが自動車から多く排出されていることが読み取れます。地図は、1キロメッシュ単位の濃度で色分けされていますが、全国では約40万メッシュになります。これを排出量のある約250物質について濃度分布を計算してホームページに載せていました。現在は、予算的な問題があり環境情報科学センターからの公開は終了し、近い将来、国立環境研究所から公開されると思います。
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1-3 化学物質の概要について紹介しているものをお話します。ひとつは、「化学物質ファクトシート」です。毎年50の化学物質を加えて、いまでは259の物質が掲載されています。用途とか毒性など簡単なものが記載されているのですが、作成当初は、高校生が興味をもって読めるものを目指しました。そこで、事務局では逸話も含めて「へー知らなかった」と新しい発見ができるような読み物を目指して原案を作成しましたが、委員会に提出したところ、環境中での挙動、暴露量など科学的なことはすべて入れるように指示があり修正を加えました。その結果、少し「へー」と言われるものも残っていますが、現在のような形になりました。用途の記載は、使用量が多い用途から順に書かれています。ベンゼンは、最終製品ではなくスチレン、シクロヘキサンとか中間物を作ることが多い化学物質なので、ベンゼンから最終製品がイメージできるように、中間物質と最終製品の両方が書かれています。ベンゼンは、自動車のガソリンやタバコの煙にも含まれているので、身近にあるものは、できるだけ取り上げるルールも作りました。物質の排出・移動量は、PRTRデータそのものですから、そのまま記述しています。大気中の動きについては、どのくらい環境に残るか、分解しにくいかが分かり易いように、分解や半減期などを中心に記述しています。健康への影響については、毒性、体内への吸収と排出、健康影響の三つを書いています。ベンゼンの毒性については、PRTRの対象になっていること、毒性の程度(例えばIARCでグループ1に分類されていること)、大気環境基準、水道水質基準、水環境基準などが設定されていることが書かれています。次に体内への吸収と排出です。まずベンゼンが体内に入る場合、呼吸で入るのか飲み水で入るのか、それがどの程度の量なのかを書いています。そして、影響は慎重に検討された上で書かれています。ここでの表現は専門家にしっかり評価してもらっています。原稿を書いては、専門家に査読していただくということを、二度繰り返します。これで良いと判断されてから、業界の方にも見もらいます。業界によってはこういう記述は困ると言われる場合もあります。そのときは、お互いにデータを出し合って確認します。一方的に作るのではなく、(専門の先生、NGO、化学工業会など業界など)色々な方々が目を通してこのファクトシートが出来上がるのです。結果的に出来上がったものは、当初とは異なり大学の専門課程用だといわれています。
化学物質に小さい子供のころから馴染んでもらいたいと思い、子供(小学校高学年)向けの冊子「かんたん化学物質ガイド」を作りました。これはシリーズもので現在までに4種類出来ています。「私たちの生活と化学物質」、「乗り物と化学物質」、「洗剤と化学物質」、「殺虫剤と化学物質」で、このあとに塗料接着剤編、廃棄物編を作る予定です。これについても専門家に査読してもらい文章の表現を修正しています。最初は、小学校高学年用ということで高学年までにならう漢字だけを使うことにしました。しかし、これでは意味が十分に伝わらないので必要な用語については習っていない漢字を使って、子供向けにルビをふりました。実は、小学校高学年というレベル設定は、保護者であるお母さんにも読みやすいということが環境教育の経験からわかっており、お母さん方にも読んでもらうことを意識していました。また、冊子の中で問題を出していますが、小学生には難しすぎるという意見もあります。周期律表などは小学生の学習範囲ではないとも言われています。しかし、子供の遊び方をみると、テレビゲームでもキャラクターの名前や武器など色々な難しいことを覚えながらやっています。同じような感覚で、化学物質も覚えてくれるのではと期待しています。この冊子も出来上がってみると、高校生向けと言われています。正確性も大切ですが、もう少しわかりやすさを重点に置いて考えてもいいのかもしれません。

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1-4 ゲームで化学物質を理解してもらうことにも挑戦しており、テレビゲームやカードゲームを作りました。例えば、「かんたん化学物質ガイド」は、Eラーニング版というものを作り環境省のHPに載せています。クイズやアニメーションなどで興味がもてるように工夫をしています。カードゲームでは化学記号を印象に残すことを考えて、トランプのようなカード(メリットカード、リスクカード、エコカード)で、神経衰弱や7並べのような遊びができる「ケミストリーカードゲーム」を作りました。このゲームで遊ぶことで、将来化学物質を勉強するときに違和感がなく頭に入るようになってもらいたいと思います。実際に中学生とやると名前を良く覚えます。さらに化学物質にはリスクとメリットがあり、そういうバランスの上で使われることまで伝わると良いと思っています
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1-5 環境省が行っているリスクコミュニケーションの取り組みは、わかりやすい情報の提供、情報の整理、そしてもうひとつが場の提供です。例えばリスクコミュニケーションの場や、業界、学識経験者や行政が一同に集まり意見交換する円卓会議の場などを提供するのですが、そこで対話を促進するために派遣されるのが化学物質アドバイザーです。化学物質アドバイザーというのは化学物質に関する専門知識や化学物質について的確に説明する能力を有する人材として、一定の審査を受けて登録された人です。現在、24名が全国で登録されています。環境情報科学センターは、その事務局になっています。お申し込みいただければ、NGOや市民の方の勉強会や講演会、企業と住民との話し合いの場などに解説者として派遣します。機会があればお申し込み下さい。
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1-6 以上は環境省の事業で主に行ってきた内容ですが、「PRTR大賞」は環境情報科学センターが自主事業として独自に行っています。実際、企業は化学物質管理やリスクコミュニケーションについて様々な努力をしています。こういうことは世の中にあまり知られていないので、企業の努力を社会的に広く知らせる必要があると考えて、PRTR大賞を設立しました。今年で表彰は四回目になります。選考は、書類で応募してもらうことから始まります。一次選考は書類で行い、二次選考は選考委員が企業を訪問して実際の取り組みをヒアリングや、見学することで評価します。最終選考に残った企業には会場で発表してもらい、選考委員と市民の代表を含む会場審査委員が投票することによって大賞が選ばれます。ポイントは化学物質管理とリスクコミュニケーションの2点が出来ているかどうかです。
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 2)リスクコミュニケーションの必要性
2-1 これまで環境情報科学センターが行ってきたことについて紹介しましたが、この後は、実際にリスクコミュニケーションをどう考えているかをお話します。
現在、企業の社会責任は変わってきています。今までは、法令や社会的規範を守って活動すればそれで十分という考えでしたが、これからは、情報を開示し、地域住民や消費者と相互にコミュニケーションすることが必要な世の中になってきました。社会に対して有用な製品を作ってサービスを提供すればそれで企業の役割は終わったというのではなく、そのあとの顧客への対応や環境への配慮が必要という方向に変化しています。収益は、株主への利益という形で還元していましたが、それも従業員のキャリアアップや、社会貢献のために用いることが求められています。このような考えは、すでに浸透しつつあります。
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2-2 次にこのような社会における企業や事業者が抱える周囲との利害関係者を挙げてみます。例えば法の遵守であれば国とか自治体との関係、資金の調達であれば株主や金融機関との関係、実際の製品作りではサプライチェーンでの調達先とかの関係を考えます。製品を売った場合には消費者やNPOとのやりとりを通して、新しい製品のマーケティングを考えなければなりません。現場で製品を作る従業員や新しい採用者についてもなんらかの関係をつくっていく必要があります。センターでもある企業の環境報告書を作るのを手伝いましたが、これを何に使うのかと聞いたところ、新人募集の際に一番使うと言っていました。それくらい環境報告書は、求職者に対する企業のアピールとして重要なもののようです。一方、工場は地域社会や近隣住民と同じ土地にあるので、その社会の構成員であることを認識することが大切です。以下、主に近隣社会と事業場とのリスクコミュニケーションについてお話したいと思います。
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2-3 なぜ、リスクコミュニケーションしなければならないかと聞かれることがあります。つまり、そっとしておけば分らないのに、なぜ寝た子を起こすようなことをするのかと聞かれるのです。その理由のひとつは、寝た子は必ず起きるからです。むしろ起きない社会は、住民や国民からなんの意見も上がってこない不健全な社会といえるでしょう。その起き方は、例えば騒音がうるさくて起きる、悪臭がして起きる、周囲の農作物が枯れて起きる、河川が汚濁されて魚が浮いたことで起きる、など様々な起き方があります。それに対して、上手な起こし方をする必要があります。これらがコミュニケーションです。例えば、普通のお隣同士で、いきなり「ピアノの音がうるさいわよ」とお隣に行くのでは、あまり関係の良いお付き合いとはいえません。普段からお付き合いがあって「この時間帯のピアノはちょっと困るわ」と言うのであれば、円滑に話が進むでしょう。もうひとつの理由は、子供は成長するということです。どんどん大きくなって知識を吸収し、難しいことを言うようになります。大人になると自分の価値観があるので、こちらの言うことを率直に理解してもらえなくなります。出来るだけ、子供のうちからお付き合いして、お互いに理解を育むことが重要です。これは化学物質も同じです。子供のころに少しでも理解を育んでいれば、大人になってからいきなり化学物質と言われておののくよりは、もう少しましな反応がみられるはずです。
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 3)リスクコミュニケーションを行うために
3-1 リスクコミュニケーションを行うための目的ですが、それは、化学物質そのものや化学物質による環境リスクに関する情報を、市民・行政・企業等関係する全ての人が共有し、お互いに理解や信頼関係を深めることです。このポイントは、お互いに理解することと、信頼関係を深めることの2点です。リスクコミュニケーションの目的は、何か問題を解決しようというのではなく、お互いに理解と信頼のレベルを上げて、リスクの低減に向かおうという気持ちをもつことです。だからリスクコミュニケーションをやったから何か問題が解決するのではなく、むしろ理解と信頼を形成されていくことが重要なのです。
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3-2 リスクコミュニケーションも安全と安心がキーワードになります。社会学的に考えると安全というのは、どちらかというと科学的事実を積み上げた客観的なもので、これは理解されれば構築が可能です。一方、安心というのは、どちらかというと主観的で個人の認識の積み重ねによって出来上がります。ですから相手との信頼関係で出来上がるのです。安全は理解であり、安心は信頼であると言っても良いでしょう。この二つの要素がなければリスクコミュニケーションは成立しません
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3-3 次は、安全をどのように伝えるかお話します。市民の方は、日常生活で化学物質のことを考えているかというと、関心がないのでほとんど考えていません。そういうところに、有害性、暴露量の話をしてもチンプンカンプンです。リスクを理解してもらうために、例えば、化学物質があって、有害性があって、暴露量があって、そしてはじめてリスクが分るというように、科学的な事実を積み重ねて説明しても、一般の市民の方には非常に難しいと思います。往々にしてあるのは、専門家の方が言ったリスクの頂点の部分をつまみ食いして、自分の認識としてしまうことです。専門家の意見といっても、専門家個人の認識が入りますから、ある人は安全と言い、ある人は分らないと言います。その結果をつまみ食いするというのは非常に怖いわけです。専門家は下の部分を知った上で頂点の部分を言っているのですが、一般市民の方は、下の部分を知ろうとしないのです。だからといって、下から順々にリスクコミュニケーションをやるのでは大変です
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3-4 安心を伝えることは、個人の認識の積み重ねです。工場には、塀があって、建屋があります。中で何をやっているか住民には良く分りません。従業員が入っていく様子や、原料を積んだトラックが入っていく様子をたまに見るだけです。住民は、その工場がブラックボックスになっているような気がするのです。工場で何を作っているかあまり知りません。まして、どんな化学物質をつかって、どんな工程で製品を作っているかは、ほとんど分りません。そういうブラックボックスの中身を、住民がひとつひとつ認識していかないと前に進みません。また、工場は地域に所属する法人ですから、周りの人たちと関係を結ばなければいけません。それが騒音とか悪臭とかこじれた問題で関係が始まるのではなく、もう少しソフトに始まりたいものです。そこで、コミュニケーションが重要になるのですが、よく工業団地に入っている企業は、周りにコミュニケーションする相手がいないと言います。しかしそれは見えないだけで、周りが田んぼであれば、その所有者と利害関係が生まれます。そこに川があり、海に流れていれば、そこで漁業をする人が利害関係者になり得ます。広く考えれば色々な相手がいるのです。良好な隣人関係を築くことは、安全を伝えるよりも身近で取り組やすいことなので、まずはここから開始することをお勧めします。
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3-5 隣人とのコミュニケーションの話題のひとつが環境ですが、そのさらに小さいところにあるのが、防災や、化学物質の排出といったリスクコミュニケーションです。いきなりその小さいところを始めても、住民と隣人関係を構築することに無理があります。コミュニケーションの大きな枠のなかで、化学物質の排出のようなリスクコミュニケーションの話題を取り上げるというような気持ちで進めていただきたいと思います。
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3-6 では、よりよき隣人関係を築くためにどうすればいいでしょうか。これまでの事例だと、工場見学や、文部科学省も奨励して、近くの小中学校、高校などでの出前講座が盛んに行われています。自分たちが、どういう原料で、どういう工程で、どういう製品を扱っているかなど、まず自己紹介することがコミュニケーションの第一歩だと思います。次に努力していることを聞いてもらうことです。化学物質管理はこのように行っている、防災対策はこのように考えている、環境対策はこのように行っていることを工場見学で説明します。さらに工場の変わったところがあれば、それが分るようにニューズレターを作って、四半期に一度、新聞の折込みに入れて住民に配っている事業所もあります。年に一回オープンデイとして近隣住民を工場の中に入れて、製品や工程の説明の他に環境関連コーナーを作ってポスター展示などを行うところや、防災訓練を周りの住民と共同で行うところもあります。このような活動をPRTR大賞に応募してアピールするのもひとつの方法です。もうひとつは、地域住民の一員として行動することです。清掃美化とか、広域避難場所として工場の駐車場やグランドを提供するのもひとつのあり方です。こういうことで、工場や、そこで働いている人の顔が見えるようになり、初めてコミュニケーションが出来上がっていくものと考えています。
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3-7 リスクの考え方を共有することは非常に難しいですが、まず事業者がやるべきことは、相手が誰か、住民なのか、農作物を耕作している人なのか、NPOなのか(立場)を理解することです。それから相手が何を言いたいのか(ニーズ)、こちらが言ったことをどの程度理解しているか(理解度)なども理解する必要があります。次は事実を分かりやすく伝えることです。住民は、「こういう臭いがする」など感覚をもとに考えることが多いのですが、これに対してデータがない状態で架空の例えの説明をしても理解が得られません(情報がないとリスクコミュニケーションはできないと考えてください。)。また、計画の変更や使用化学物質の変更などを事業者がこういう風にやろうと思っている判断材料を提供し、同じように共有する必要があります。判断材料のひとつにリスクがあり、リスクの話を始めるには、ある程度、手順を整えていかなければなりません。一方、市民も経営者、事業者を理解する必要があります。会社や事業者に、ニーズや分らないことをはっきりと伝えないと相手も対応できません。これはお互い様です。もうひとつは様々な意見を聞くことです。事業者からの説明を聞くことも大事ですが、専門家の意見を聞くことも大切です。専門家でも色々な見解を持つ方がいます。だから色々な立場の専門家の意見や行政の情報を得て、自分なりの見解を持つまで、醸成させていく作業が大切です。実際にリスクコミュニケーションをするには、色々なルールやテクニックがありますが、こういう土壌が出来上がらないと成り立ちません。
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 4)リスクコミュニケーション事例
4-1 これはPRTR大賞をうけたコニカミノルタの事例です。企業を大きく分けると、ユーザー企業とメーカー企業があります。メーカーが化学物質をつくるところ、ユーザーが化学物質を使って加工するところです。何が違うかというと化学物質の管理の仕方が違います。ユーザー企業は、製品の化学物質を買って、それを加工し、出荷するので、入口で管理すればよく、例えば電子ネットワークなどを利用して出入を管理しています。一方、メーカーは、実際に新しい化学物質をつくるので、自分で化学物質の安全性、毒性試験を行わなければなりません。化学物質の管理体制も大変厳密に行われています。新規化学物質をつくったり、採用したりするとその基準は非常に厳しくなります。コニカミノルタの場合は、コニカがメーカーで、ミノルタがユーザーでした。このような企業が一緒になると、やはり、メーカーの厳しい管理基準に統一されて、非常に厳しく化学物質管理をやるようになりました。コニカミノルタは、平成14年から毎年各事業所でサイトレポートを発行して、地域環境報告会を開催するという、先進的な取り組みを行ってきました。3年位行ったところで参加者が少なくなってきたため、去年は10人くらいの少ないグループを作ってワークショップ形式を試みているそうです。ワークショップでは、コニカミノルタに対する色々な意見をまとめてもらい、これを事業者が住民のニーズとして整理し、それに答えるために次回のワークショップを開催するという形に変えました。このように常に形を変えて工夫をしていくことが大切です。
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4-2 これは住友化学の例です。本社は、各工場に「環境と安全レポート」の作成とリスクコミュニケーションの実施を呼びかけました。各工場は、独自に地域の特性に応じたコミュニケーションを実施しています。例えば愛媛工場の場合は、県とNPO主催のセミナーで工場の取り組みを発表したり、自身でも近隣とのコミュニケーションを行っています。他の工場も、環境モニター会議をやったりしています。各事業所の結果を本社が吸収して、経験とりまとめて、もう一度、水平展開するというサイクルを形成しています。
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4-3 リスクコミュニケーションを行う場面には大きく分けて三つのタイプがあります。ひとつは自治体が中心になって行うモデルリスクコミュニケーション、二つ目が住民から求められて行うリスクコミュニケーション、三番目が成熟したリスクコミュニケーションと呼んでいますが、この場合は、リスクについて完全に話し合いができる状態です。
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4-4 モデルリスクコミュニケーションは、もともと企業がリスクコミュニケーションに関心があり、実践するために行政の支援や助言をもらって行う場合が多く、二つのパターンがあります。ひとつは、県が地元企業に周辺の住民とリスクコミュニケーションするように働きかけるものです。他に、県が地元にある大企業に働きかけて、その傘下にあるサプライチェーンの中小企業に参加を促す場合もあります。もうひとつは、県が県民に働きかける場合です。この場合は、県民にリスクコミュニケーションしてみたいテーマと対象企業を公募します。県民の希望があった企業に対して、県の担当者が企業に受けてもらえるかどうかを確認します。その結果、県民と企業の間でコミュニケーションが始まります。前者が一般的で、後者はあまり例がありません。いずれも企業や県民、住民の関心が低く自発的に動いていかないという問題点を抱えているようです。
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4-5 モデルリスクコミュニケーションの特徴は、多くの事業者にリスクコミュニケーションの経験がほとんどないことです。そのため、まずお互いを知ることから始まるので、論点が化学物質以外(例えば車の出入について、騒音がひどいとか、マナーが悪いとか)に集中してまって、リスクコミュニケーションまで行かない例が多いようです。それでも将来のリスクコミュニケーションのきっかけになると考えればこれでも十分だと思います。
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4-6 次が、モデルリスクコミュニケーションの典型的なプログラムの例です。開会で自治体代表、事業者代表が挨拶し、趣旨を説明し、進行をファシリテーターに任せて、事業者が取り組みを説明し、工場見学をして、それらをベースに意見交換会をします。こういう場で手を上げていただいてひとつひとつ答える場合と、事前にひとりひとりに意見を聞いておいて、それを集約して、全体をまとめて答える場合があります。
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4-7 これが住友化学千葉工場のモデルリスクコミュニケーションの事例です。参加者が16名で、傍聴者が80名です。つまり発言できない人が80名いることになります。これはリスクコミュニケーションとしては未熟な段階といえます。リスクコミュニケーションでは、すべての人に対してオープンに発言する機会を与える必要があります。
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4-8 住民から求められるリスクコミュニケーションには二つパターンがあります。ひとつは、事業所にある種の緊迫した問題があって、すでにもめていて、住民からリスクコミュニケーションをして欲しいと要請がある場合です。もうひとつは、事業所が新規に立地しようとしていて、それを契機に地元住民が話し合いをしたいと望む場合です。
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4-9 これは、第一種住宅地域に業務用洗剤のブレンド工場を新規に立地しようとした事例です。最初、住民は何をしているのか分らなかったのですが、建設工事が始まって、騒音が激しくなり、苦情を申し出たところ、初めて事業内容を知りました。その結果、住民は建設に反対の立場をとりました。事業者は、建設を目指して住民と繰り返し話し合いを行いましたが、なかなか理解が得られず、化学物質アドバイザーを招いて勉強会を実施しました。新規立地ですから住んでいる方にはメリットが感じられず、立地というデメリットしか見えてきません。このように不満を持った人たちは、初めから考えかたがネガティブになってしまい、基本的に反対であるという姿勢から入ってきます。法令を遵守して、取扱う化学物質は少量なので大丈夫ですといった、法令的な話や科学的な話をしても、まず聞いてもらえません。典型的な例として、化学物質アドバイザーが「安全なのですか、影響はないのですか」と聞かれたときに、化学物質ですから「全く影響がないとは言い切れません」と答えます。すると住民は、「影響ないとは言い切れないということは、影響があるということですね」と解釈します。毒性として、例えば食塩よりも急性毒性が低く、「LD50が4.090mg/kgです」と、数字を見せたとたん、「やっぱり危険がある」と考えます。そのまま話が進むとどんどん否定的な方向に展開してしまい、本来の話し合いができなくなります。工場の立地計画が出来た段階で、県や市の許可を取っているのでしょうが、周りの住民にも事前にお知らせして、説明する必要があったと思います。
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4-10 こちらは、すでにもめ事があったケースです。創業当時から悪臭の苦情を受けてきたある会社が、溶剤の臭いを解消しようと大掛かりな蓄熱型処理装置を導入しました。そうしたところ、焦げ臭がするとの新たな苦情が出ました。もともとの問題に対応したのに、さらに問題が起きてしまったわけです。それで説明会を開催しましたが、どのような人が集まるのか分らないなかで事業者が説明するのは大変なことです。相手がどのようなニーズを持っているかを的確に把握して、ニーズに答えるように説明しないと理解してもらえません。それが出来ないうちに説明会を開いたのでは、的確な回答が出来ず、信頼してもらえません。このケースでは、「従業員は健康に問題はありません」という答え方をしました。従業員と住民は全然立場が違います。働いて給料を貰う立場と、なにもメリットがなくそこに住まわなければならない人とは話が違います。そういうところを理解しないと誤解を招きます。法令順守といっても理解は得られません。守るのではなく、これだけ努力をしてここまで下げた、と説明しないと理解は得られません。
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4-11 これはPRTR大賞を一昨年に受けた、シャープの福山事業所の成熟したリスクコミュニケーションの事例です。ここは古くから、「ファミリーデーinシャープ」というミニ対話集会を重ねてきました。ここでは、住民、企業、行政と三者の立会いで排水を採取して、分析を行います。分析はそれぞれが異なる分析会社に依頼して、その結果を持ち寄り、お互いに確認するコミュニケーション(会議)の場を毎年持っています。ここでは、フッ素の水質検査をして対策を行ってきましたが、独自の技術を開発して、排水は海水中のフッ素濃度と同等レベルまできれいになりました。さらに下げるのもひとつの選択肢ですが、それにはお金がかかります。そこで住民と話し合いをしたところ、住民から、「ここまで下がったのであれば、フッ素についてはもういいので、次の2-アミノエタノールの対策を進めて」と言う回答が得られました。日頃からコミュニケーションをしていたので、何か問題が起きたときに容易に話し合いが出来たのです。
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4-12 これは、40年続いている、日東紡績福山工場のモニター委員会の事例です。こちらは、大気のフッ素のケースで、工場周辺の住宅地のフッ素をLTPという測定装置で測定して、このような濃度分布マップをつくり、年2回報告会を行っています。ここでフッ素は環境基準がありませんから、値が低下していることや、動物実験の結果を踏まえて安全な濃度レベル以下であることを確認しています。
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 5)今後の展開
5-1 化学物質排出把握管理促進法の改正に向けてPRTR制度は見直しが行なわれています。対象物質や届出の要件、届出事項、データ公表等の内容が変わろうとしています。企業が化学物質管理する上で、ひとつの目安として、法令で取り上げられた化学物質を規制の対象にすることは、非常に多いことです。法令が何を取り上げているかは大変重要なことです。ですから、対象化学物質が変わる、増えることに関しては、企業だけでなく市民もウォッチしていくことが大切です。また、PRTR制度は市民の目で見て工場を評価しようとするものなので、情報公開は一層進むものと考えられます。将来は、例えば自宅の周り半径1kmの各事業所による化学物質の総排出量などが計算出来るようになるかもしれません。
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5-2 リスクという言葉は市民にも少しずつ理解されてきています。ただリスクがあると言うと、それが10万分の1の確率でも、やはり心配になります。そこで、それを伝えるためにはアンカーとなる隣人関係を作っていくことが必要です。それを築いた上で、リスクコミュニケーションの土壌を整備する。つまり価値観を共有する作業が大切になります。そのために行政は化学物質の(毒性などの)データを整備し、司会者や解説者などの人材を育成すること、また企業や事業所も自分が取り扱っている化学物質がどういうものかを把握して、その情報を公開していくことが必要です。さらに市民は、化学物質の解説について、その違いを見る目を養うことが大切です。そのために、日頃から専門家の話を聞いたり、あるいは自分と同じような考え方に立つ専門家を見つけておき、問題があった時にはその専門家の意見に注目して聞くという方法も考えられます。このように、市民、企業、行政のそれぞれが努力して、安全・安心な社会を築いていくことが重要だと考えています。
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