■5-7 マウスの遺伝子型によるHydrocortisone誘発奇形(口蓋裂)出現率の差
この写真は、黒い毛色の近交系(親子兄弟の遺伝子組成がすべて等しい)マウスに、毛色を黄色くする遺伝子(Ay)を1つだけ導入したマウスです。毛色に関する遺伝子だけを取り出して遺伝子記号で表すと、黒いマウスはa/a、黄色のマウスはAy/aと表されます。それ以外の遺伝子座は、黒いマウスと黄色のマウスでまったく同じです(遺伝学の専門用語では、このような関係の系統を、「コンジェニック系統」と呼びます)。
さて、毛色の異なるマウスを様々な組み合わせで交配して、胎児に対するグルココルチコイド(副腎皮質ホルモン)の影響をみると、親または児(胎児)の遺伝子型がAy/aになると奇形の出現率が高くなることがわかります。例えば、雄も雌も黒いマウスを交配(a/a x a/a)すると胎児の遺伝子型はすべてa/aとなり、黒いマウスしか生まれません。一方、父親か母親のどちらかが黄色でもう片方が黒色という組み合わせ( a/a x Ay/a またはAy/a x a/a)からは、黄色い子供と黒い子供が半数ずつ生まれます。グラフにあるように、ハイドロコーチゾンを50mg/kgの用量で妊娠マウスに投与すると、生まれてくる児の半数が黄色いマウスになる交配では、黒い児しか生まれない交配と比較して、奇形(口蓋裂)の出現率が約2倍になります。毛色を黄色くするAy遺伝子には、副腎皮質ホルモンに対する感受性を高くする(胎児奇形が出現しやすくなる)性質もあることがわかりますね。
このような遺伝子は、ここで示したAy遺伝子以外にも、たくさんあると推測されます。このため、アウトブレッド系統の動物を用いた一般的な毒性試験では、知らず知らずのうちに結果が歪んでいる可能性が常に存在します。そこで、一般的な毒性試験では、用量反応関係(一般に,暴露量が増えるにつれて毒性がより顕著になる関係)を基にして、中毒量や無毒性量を判断します。個体差の存在を前提に、毒性試験の結果は「概算の結果」であること(「概ね10mg/kgが最小中毒量である」という結果が得られたとしても、「10.1mg/kg」を摂取した個体に必ず毒性が現れるというほど厳密なデータは決して得られない)を理解しましょう。