最新の研究をもとに
洗剤原料の安全性評価を実施
環境・安全専門委員会の活動
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世界的に化学物質規制が強まるなか、委員会による環境モニタリングをはじめとした研究活動は重要性を増す一方です。
原田房枝 委員長(ライオン株式会社 研究開発本部 環境・安全性評価センター所長)、山根雅之 副委員長(花王株式会社 安全性評価研究所 主任研究員)に近況をうかがいました。
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現在の環境対策の多くは、1992年にリオで開かれた国連環境開発会議が出発点となっています。20年後にあたる今年、リオ+20と銘打った国際会議も開催されました。国際社会が持続可能なグリーン経済を指向するなかで、化学物質の影響を最小化する取り組みも進行しています。その流れにも沿うかたちで、環境・安全専門委員会は活動しています。
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研究活動をもとに、安全性を証明していく |
中心となるのは、洗剤成分のリスク評価の実施と一連の研究活動です。洗剤を使う人の安全性と、使用により河川などの環境中に排出された場合の安全性について、最新の技術をもって評価を行ない、最終的にはリスク評価書や学術論文として公表しています。
生活排水中の洗剤成分の多くは、下水処理場で分解・除去されることがわかっていますが、下水処理場がない場合はそのまま河川に排出されることもあります。では、実際にどのくらいの量が環境中に存在し、水生生物への安全性はどうなのか、その確認のため、河川の界面活性剤濃度を調べるモニタリング活動が重要となります。
当工業会が1998年から始めた環境モニタリングは、現在、国内の4河川・計7地点で毎年4回ずつ行なっています。この測定結果や、世界中の研究に基づく膨大な情報を精査して、洗剤成分の環境リスクを継続的に確認し、安全性を科学的に証明すること、これが当委員会の使命のひとつです。
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分析技術の向上をはかり、最新シミュレーションも活用 |
環境モニタリングで重要なのは、環境中の洗剤成分の量をいかにして把握するかです。暴露量※をきちんと把握して管理すれば、安全に利用することが可能です。いったん取得された物質の毒性情報はデータの信頼性が高ければどの地域の安全性評価においてもそのまま用いることはできます。しかし、暴露量は、対象地域における製品の使い方や地域の地理等により決まりますので、それらを考慮しつつ検討することが重要です。また、モニタリングでは常に最新の技術を導入し精度を高める努力を続けています。
モニタリング地点ですが、4河川だけで足りるのかと疑問が出されることもあります。けれど、モニタリングを継続して実施している事例は少ないのが現状です。環境省は何年かおきに、測定地点を変えながら日本全国の網羅的なデータをとっています。対してこちらは、毎年同じ場所で長期的な調査をしているのが特徴です。14年間の定点観測データの蓄積があるから、時間軸での変化、製品流通量の変化など、さまざまな影響を加味した考察が可能となります。この意義は、観測地点の数にかかわらず大きいと思います。
でも私の家の近くの河川は大丈夫なのかと、データがないと不安に思われることは当然ありますね。そこで最近は、独立行政法人産業技術総合研究所が開発したAIST-SHANEL(通称シャネル)というシミュレーションモデルの利用もはじめました。簡単に説明すると、モデルには日本の地理情報(標高や人口など)や気象情報が細かくインプットされており、モデルは、それらの情報から河川流量を推測し、ユーザーが入力した化学物質の物性値や排出量を使って河川水中濃度を計算します(対象河川:全国109の一級河川)。また、SHANELの開発過程では、コンピューターの推定結果が正しいかどうか確認するため、当工業会が実際に河川で観測したデータも活用されました。モデルの精度は高く、109水系の推定結果をリスク評価書に使用しました。日本全国の地点を面で捉え、河川の状況を広範囲で数値化できることは、私たちのリスク評価の精度向上に大きく貢献してくれています。10年前には、到底不可能だった技術ですから。
※暴露量とは、人や生物が、摂取したり接触すると推定される物質の量や濃度のことです。
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国の暴露評価手法の適正化にも協力 |
2009年に化学物質審査規制法が改正され、これからは国も、当工業会がやってきたようなリスク評価を実施することが決まっています。その対象はすべての物質であり、環境排出量や毒性の程度から、評価していく物質の優先度が決められます。ただ、国が検討している評価手法が、洗剤原料には向かない場合もあります。手法の適正化を図るため、政府と有識者による審議会が設けられているので、そこへ当委員も参加して協力しています。洗剤原料のような用途に関しては、当工業会がこれまで検討してきたデータや知見をもとに、技術的な提案も行なっています。たとえば、下水処理場を通らない生活排水が河川中でどれくらい希釈されるか、10倍で妥当かの検証を行ないました。希釈率に関するデータは存在しませんので、当委員会で前述のAIST-SHANELによる推定結果もふまえて慎重に検討したところ、少なくとも約100倍は希釈されるとの見解を伝えました。当局もこれに同意し国の評価手法に反映される予定です。
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研究成果の発信と、これからの活動について |
今後は、こうした活動実績や、研究によって見える化できた数値などを、皆さんにどのように伝え役立ててもらうかが、これからの課題です。最新のリスク評価書は、AES(ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩)に関するもので、約1年半かけて作成し、昨年末に発表することができました。現在も、別の物質について評価をすすめています。これらの成果を積極的に公表することも、委員会の活動のひとつです。
日本にはGPS/JIPS登録といって、化学業界の自主的な化学物質管理の取り組みがあり、当工業会もAESを含め10件を登録しました。また、ICCA(国際化学工業協会協議会)のサイトでも公表したり、国際学会で学術論文を発表したりと、国際的な貢献もしています。直近の予定は、9月24日から熊本市で開かれる環境毒性と環境化学に関する国際学会SETAC(Society of Environmental Toxicology and Chemistry)で、そこでは、アメリカの工業会と界面活性剤に関するジョイントセッションを計画しています。
研究活動や技術的協力は、まだ先進国中心ですすめているところがあって、研究者としては、日本の技術や手法をいずれアジア圏で役立ててもらいたい気持ちもあります。当委員会には現在、7社から集まった14人のメンバーがいます。研究者同士、リスク評価書をひとつ完成させるために協力して取り組んでいるように、安全性評価の世界は、競争ではなく協調の世界なんですね。個人や企業単位でやるのは難しいからというよりも、世のためになる研究を協力して行なうという考えがベースです。垣根を越えて人を育てることも大切にしながら、今後も、良い成果へとつなげていきたいと思います。
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写真は河川水サンプリングの様子(江戸川、金町)。
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