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2011年6月15日更新
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参照カテゴリ> #01.社会 #06.CLEAN AGE 213号 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●安井先生のJSDAセミナー◎安全と安心はどう違うか〜安心できない市民へのメッセージ〜 はこちら

市民生活の安全・安心を考えるポイントは何か

安全圏を理解し、リスクは常にトレードオフで考えるべき



インタビュー
安 井 至 先生
に聞く

(独立行政法人 科学技術振興機構・
研究開発戦略センター シニアフェロー
国際連合大学 名誉副学長)
(2009年4月より 製品評価技術基盤機構(NITE)理事長に就任されました)

 近年安全・安心について、事件や事故のニュースが切れ目なく続いていることもあって、世間の関心がかつてないほど高くなっています。安全と安心は別のことですが、これが“100%安全でなければ安心できない”と、一般の意識はエスカレートしていくようにも見えます。
 市民生活に密着している化学物質の安全については、どう考えたらよいのでしょうか。


------ 合成洗剤は、食品添加物や農薬とともに、日本の化学工業のなかでも、いつまでたっても悪役という損な役回りが定着したままになっています。なんとか、正しい理解が一般に広がるように、努力を続けているところなのですが…。

 肝心なことは、リスクを考えるときには、常にリスクのトレードオフ(二律背反)、つまり早い話が「あちらを立てればこちらが立たず」という考え方を前提にしないと、何事も論議できない時代になってきている、ということなのです。
 食品のリスクは、多くの場合、細菌による感染症のようなもので、そのリスクレベルは、食品添加物のおかげで、全体に下がっている。だからこそ、一部の無添加物が存在できているわけです。今はそういう時代なのです。
 食品添加物の使用を止めてしまうと、多分いろいろなことが起こって、今無添加を売りにしている商売は、もたなくなってしまうだろうという気がするのです。
 わたしは冗談に「そんなに食品添加物が悪いといわれるなら、ここ一年間ほどいっさいの添加物を出荷停止してみたらどうですか。そうすれば、間違いなく一年以内に“やっぱり添加物は必要だ”ということになりますよ」と業界の人に言ってるのです(笑)。
 添加物がリスクを下げている、ということの証明ができればいいのですがねえ。ただ、“それをどうやって証明するんだ”と言われると、残念ながら証明のしようがないのです。
 農薬でも、確かにDDTの使用と禁止のような歴史を経てきましたが、今もよくいわれるのが残留農薬の問題ですね。冷凍ギョーザ事件でもまずそれが疑われたし、一般市民の間では“無農薬のほうがいい”という意識をもち続けている人も多い。また、“自然物は安全で人工物は危険だ”という人がありますが、そういう誤解を打破できる第一候補は、アフラトキシン(カビがつくる発ガン物質)という強力な天然毒の存在なのです。
 これが農作物のいちばんのリスク・ファクターで、虫食いにカビが生えて、そこにできるというメカニズムですから、殺虫剤を撒いて虫を殺しておくことでアフラトキシンの被害を防止しているのは確かなのです。
 合成洗剤についても、最初のABSは排徐して良かったといえるのでしょうが、合成洗剤より石けんのほうが良いというものではない。どうしてもというなら、いちばん環境にいいのはなにも使わないことでしょう。だが、これもトレードオフで、大勢の人間が清潔で文化的な生活を望むなら、そういうわけにはいかない。
 わたしの独自の理論(これも冗談半分)ですが、人々がもののリスクが下がったと認識できるようになって、問題が問題でなくなるには、騒ぎがあって終わっておそらく35年くらいの期間が必要なのだ、というのがあります。
 たとえば、“合成洗剤反対”といって運動している人が、35歳くらいとするじゃないですか。すると、いくら“科学的に安全性は証明されています、環境への負荷も問題ありません”と力説してみても、おそらく聞いてもらえないでしょう。その人が引退後5年くらい、つまり、70歳までダメなんですよ。だから35年かかる。
 人間は、いったん受け入れたその考え方を変えられない、変えたくないのです。しかも、そういう運動をしている人にとって、“あなたがやってきたことは間違っている、意味がないよ”と言われるのは、生きてきたことを否定されるようで認めがたいのです。
 
------ おっしゃるとおりで、昔から合成洗剤を使わないほうが安全なんだといってきた一部の人々で、その意見を変えるつもりはないという方が、まだおられます。滋賀県の「びわ湖会議」は、活動家が高齢化したこともあってこの春解散するそうですが…。

 ABSからLASに転換してからは30年ですが、洗剤の安全性評価が日本で確立したのは1983年ですから、まだあと10年かかるということですね。
 運動をしている人はほんとうにそれがいいことをしていると信じている、純粋な部分もあるのかも知れませんが、合成洗剤を悪者にすることによって、自分の商売をうまくやろうという会社や人が必ずでてきて、それが運動のエネルギーを補給していくという面もある。
 食品添加物でも農薬でも、そういった事情は同じなのです。無添加の食品を売るためには、食品添加物をわざわざ悪者にする必要があるのです。
 農薬を嫌うあまり、無農薬とか有機野菜とかがもてはやされています。本来、リスクも味もそれほど変わらないのですが、付加価値を出すのが非常にむずかしくなっている今の農業の状況だと、有機野菜だといって値段が2 割高くても売れるのならば、買う人もそれで安心が買えるというならば、それもしかたがないということでしょうか。
 水道水は危ないよといってミネラルウオーターや浄水器を売る商売なども多くはそうなのですが、実は、世の中には危険な物があったほうが売れるというストーリーは、非常に多いのです。“あれは悪い、良くないと糾弾するものがあったほうが売るためには都合がいい”というのは、この世の中の構造のひとつなんですね。
 とくに食の安全が盛んにいわれて、これもまたさまざまに消費者意識にも問題を増幅させ、販売の現場では賞味期限切れ食品の廃棄も増えています。それらの流れが変わるには、食糧危機でも来ない限りだめだと思うのです。そうなって初めて、やっと「その食料まだ傷んでないのにもう捨てるの?」ということになり、「これは保存料使っていないから捨てなきゃいけません」という段階を経て、それが大きな問題にならない限り、むずかしい。

------ 今の日本人は、賞味期限などの情報を鵜のみにして自分で判断しない、匂いも嗅がないし確かめもしない。むしろその方が危ないという意見もあるようです。安全も安心も、人任せでしか判断していないと…。

 個々人のレベルでは、リスク管理できていないですね。世の中、安全になればなるほど“他人が安全を守ってくれる” ということになりやすいのです。消費期限はあってもいいが、賞味期限は、わたしはいらないと思いますね。
 最近の消費者の安全・安心のメンタリティは、そういう流れに相当教育されてきていて、もう“賞味期限が短いほうが優良なものだ” と思い込まされるまでに教育が進んでいる。これはもう、末期的症状といってもいい…。
 リスクのファクターが高かった時代に比べると、いろいろな面でリスクは下がってきています。リスクには明らかに安全圏というものがあって、その安全圏の中のものしか、もう残っていないですね。なににしても、そうなってきています。
 しかし、みなさん、リスクの安全圏というものを理解できないのです。なぜ理解できないかというと、誰も教えないからです。それを教えたところでなにもメリットがない。商業的なメリットがないので、誰も教えないのだと思いますね。だから、新聞の投書欄にも“農薬や添加物の使用をやめよう”といった主旨の声がいつまでも消えることがない。
 リスクの安全圏をどう考えるかというと、たとえば人間がガンになるメカニズムでは、活性酸素が悪い役割をしているといわれています。その活性酸素は、呼吸するリスクから生じているものです。けれども、“呼吸するリスク”よりも“呼吸しないリスク”のほうがもっと高いので、これはしかたがないですね。
 だから、みんながそこをしっかりと理解すれば、食品に含まれている発ガン物質のリスクレベルなどは、それくらい下がっていればもういいんだ、という話になるはずなんです。
 ところが、これまた正しく定義するのはむずかしい。レベルが低くなっているが故に、リスクを科学的・定量的に定義することがむずかしいのです。あるものについては、“この程度は心配しなくていいですよ”といっても、良いということの証明も悪いということの証明も、どちらもむずかしいわけですね。
 そういう、極めて贅沢な条件下に、みなさんもわたしも生きているのです。だから、いささか乱暴にいえば、「もう、つまんないこと考えないほうがいいですよ」というのが結論なんですよ、ホントの話。
 “あれは危険”、“これは危険でない”とかいうよりも、今のリスクは、わたしはもう3 つしかないと思っています。エネルギー、資源、ごみ。これしかない、これだけでよい、あとのリスクはすべて知れている。そう思います。
 最近になって温暖化をはじめ、地球レベルのリスクが注目されてきた。だから、少しはリスクの考え方もいい方向へ向かうかも知れない。そうなればいいですね。

リスクのトレードオフがもう少しクリアになればいいのですが、いずれにしてもリスクレベルとしてはほんとうに低いものだから、なかなか議論にならない。

------ 安全と安心がくっついてしまって、わかりにくくしている。安全を保つやり方はあるが、安心とはここまでやればいいという線がありません。100%安全でないものは安心できない、という傾向もありますね。

 古紙偽装の問題もでてきましたが、古紙配合率100%にこだわるなど、妙なところで無理をするものだから、だんだん変なことになっていった例といえます。
 アレルギーに対して非常に敏感になったのも、化学物質全般への不信の表われのひとつなのでしょう。しかし、百年前まではだいたい1000分の200くらいあった日本の乳児死亡率は、化学物質のおかげで1000分の3まで下がっています。
 少なくとも過去百年の環境変化や、人の死因の変化や死ななくなった進歩とか、そういうものを理解し、全体的なイメージをみなさんが共有してもつことができれば、いかに重要でないことを問題にし、心配しているかということがわかるはずなのです。
 残念ながら、そういう話にはなかなかならないですね。危険情報にはこぞって飛びつくメディアは、安心情報などはまず取り上げない、伝えないということが、どうやら遺伝子的に決まっているようなので、それも大変問題ですがね。
 市民レベルで考えると、安全性というものに関わる二種類の本質があります。つまり、「完全に安全なものなど、この世の中にはない」ということ、「人の命は、もともと有限である」ということです。
 これを、もっともっと繰り返し伝達し続けるしか、方法はないのではないか、というのが、今のところわたしの持論なのです。

安井 至 先生の環境問題解説ホームページ
≪市民のための環境学ガイド≫はこちら
→ http://www.yasuienv.net/



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